まずは行動することが大切。月に10日ほどの理想的な働き方。

山口 力さん(72歳)
設計キャリアの集大成、設計監理の仕事
前職
管理建築士
現在
ジーニアス委託社員 大手通信会社プロジェクトの監督社員として監理
プロフィール:
1943年生まれ、72歳。神奈川県出身、千葉県在住。

山口さんは、大学卒業後新卒社員として設計事務所入社、一般建物の設計監理業務に従事。1966年知り合いの紹介でJA入社。定年まで務める。1991年建築設計部時代に全共連石岡センター設計で建設大臣から“第16回緑の都市賞”を受賞。1995年竣工のDNタワープロジェクトは、米国有名建築家ケビン・ローチを訪ねるなど、思い出深い。
2004年定年後の業務契約を終了し、退職。
2005年人材派遣会社に登録し、マンションの施工検査業務などを務めた後、一時介護離職する。
2014年派遣業務に復職し、マンションの施主検査、内覧会対応
2015年ジーニアスに登録し、大手通信会社で監督社員として管理対応し、現在に至る

復職のきっかけは大きな危機感から

現役時代の経験を活かした、設計監理で働いています

2015年ジーニアスのシニア活用.comに登録しました。現在は大手通信会社のプロジェクトで監督社員として管理対応をしています。仕事は大手通信会社から各地のサービスステーションのリニューアル業務の請負。その現場へ出向き業務を行っています。好評をいただき、プロジェクトが延長しましたので、引き続き監理業務で現場へ伺います。

現在の仕事は期間限定のプロジェクトです。多くて週に4日くらい、月に10日ほどの勤務が多いですね。自分としては、理想の働き方だと思っています。

仕事でパソコンは使ってきましたが、現役を離れて10年近く。だいぶIT環境も変わっています。しかし、今の仕事はメールが主な連絡手段なので、パソコンは必須です。レポートをパソコンで作成し、メールで送らなければならない。ここが苦労したところです。幸い家族の助けもあって、対応しています。

監理業務は、図面通りに建築が進んでいるかをチェックする内容です。

・設計図通りの施工が進んでいるかチェック
・図面だけでは伝わらない内容を伝える
・建築主の代理となって、工事現場との打合せや指示
・建築主への報告

建築主にとって監理者は、「工事現場の通訳」であり、「工事現場のチェック役」です。
現場へ出た後は、レポートにまとめ、業務内容を報告します。

今、現場が全国にあるので、電車に乗ったり、新幹線に乗ったりすることが楽しいですね。そんな仕事人生は終わったものだとしまいこんでいましたが、現在の仕事のおかげでローカル線や地方の鉄道にも乗り、こんな人生もいいな、と思い出しました。

民間設計事務所を経て、JAで設計の経験を積む

JA現役時代は、“養鶏場から電算センター、ホテルまで”バラエティに富んだ建物の設計監理の経験を積みました。全国47都道府県の現場に行っています。各地の旨い酒、名物、思い出深い人々との出会いに恵まれました。1995年竣工の皇居前のDNタワーでは、米国に有名建築家ケビン・ローチを訪れ、彼の作品を案内してもらうという貴重な体験も。思い出深いプロジェクトになりました。

先日現場に向かう途中で、ローカル線の車窓から現役当時に担当した「JA全共連石岡センター」を見ることができました。住宅街の中にあるので、周りの風景に溶け込むようにをひまわり型の花壇を前庭に配したデザイン。“第16回緑の都市賞”で、建築大臣賞を受賞しました。手がけた作品を再度見られて、感激です。

定年後一休みして派遣で働くことに

定年後継続雇用の話がありましたが、1年のみ続け、翌年はJAを退職しました。ちょっとゆっくりしたいと思ったからです。1年ほど休みましたが、年金だけでは収入が心もとない。やはり働いてみようか、と就業先を探しました。

そこで、ハローワークへ。私達の年代で就職といえば、ハローワークです。掲示してある求人票を見て応募し、2005年に派遣会社に登録しました。同社では、マンションの施工、自主検査の仕事があると紹介してもらいました。2年ほど同社で派遣の仕事を続けます。まず、自分で動くことでとっかかりを作りました。

そんな時父が亡くなり、母が一人暮らしに。さすがに90歳代で一人暮らしは心配です。自宅に迎えてお世話するため、派遣の仕事は断りを入れました。こんな時、派遣契約は便利です。仕事ができる時は受け、できなくなると断れます。この時は、もう仕事は引退だなと思っていました。最初は元気だった母も、足を痛めてから晩年の2年程、24時間介護が必要に。自宅介護は、本当に大変でした。

“ある事件”をきっかけに介護離職から復帰

母を見送って肩の荷が下りた、そんな時起きたのが、“妻、失踪する⁈ 事件”です。
すぐ隣にいたはずの妻が見当たらないのです。どこに行ったのかと家じゅう探し、どうしても見つからないので居間に戻ると、いつもの席に妻が座っていました。「おい、どこへ行ってたんだ」と聞くと、ずっとそこにいたと言います。これはボケのはじまりかと、ものすごくショックでした。『お父さん、しっかりして下さい』と妻に笑われ、冗談にならない程へこみました。

その頃、毎日目的もなく、ダラダラ過ごしている自覚はありました。
介護が大変だったので、“少しゆっくりしよう”と思ってから早や2年。朝起きてテレビを見る。パソコンに少し触ってゴルフの練習に行く。そんな繰り返しだったのです。確かに自分でも、このままでは、まずいかもしれないと思っていました。自分もショックを受けましたが、周りもショックだったようです。

「自分はこんな生活ではだめだ、もう一度外へ出て働こう!」と思い、以前世話になっていた派遣会社に電話してみました。奇しくも元の担当者が在職中で、明日から来てくれ、来月からスタートの仕事があると言います。否応なしに仕事をやらざるを得なくなり、次の月には設計監査の職場復帰を果たしました。それから3年ほどたちます。

今の職場への道筋

他社での派遣現場で知り合った設計事務所の知人が、設計監理の仕事を紹介してくれました。ジーニアスのシニア活用.comで紹介された仕事です。というのも、自分が今までやってきた技術を一番活かせるフィールドが、設計監理です。勤務形態も週に3日ほどと、理想的でした。

設計技術者として、JA時代に通常の2~3倍の種類の経験をしてきました。設計の“雑学知識”も豊富です。この、現役時代の知見が活かせたらなという気持ちと、もう一度何かやってみたいという気持ちが満たされて、今は幸せを感じています。

転職を考えておられる中高年の方にアドバイスをお願いします。

シニア転職する人は、とりあえず行動することが大切だと思います。
どんな仕事でもよいので、一度やってみることをお勧めします。その仕事が合わなければ、次にいけばよいくらいの軽い気持ちで、トライしてみてはいかがでしょうか。
動いてみると、新しい場所では新たな仲間ができて、情報交換もできます。「まず動かなければ、動かない」なんて言いますが、その通りと思います。
ハローワークへ行くなど、体を動かさなければ、事態は動かないですね。

また、収入面も、年金だけだと心もとないですが、年金の他に収入があると思うと、気分がゆったりします。
健康管理と、“働く気力”が大切だとつくづく思います。働く気力がないと何もできません。自分を働く気持ちに持っていくことがポイントです。働けて、ありがたいという気持ちを大切にしたいですね。