ゆる起業―第二の人生を自分らしく生きるために―

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大手商社で、海外企業を相手に化学品の貿易業務を担当していた福島賢造氏(65)は、63歳で定年を迎える際、「今までの経験を生かせる貿易関係の仕事ができないか」と模索していた。

目をつけたのは大手が敬遠しがちな小規模取引。通常、大手商社はタンカー単位で1万トン、2万トンという大規模な取引をするが、コンテナ単位の小規模取引を求めるクライアントもいる。特に化学品は種類が多く、商品によって取引単位や規模もさまざま。ニッチな市場だが、福島氏は「手堅いと感じた」という。
定年から半年ほどの準備期間を経て貿易の仲介を行なう「KFトレーディングカンパニー」を設立。前勤務先や現役時代のクライアントがすぐに顧客になり、事業はスムーズに進んだ。初年度の年商は3000万円。
「実際の利益は年商の数%。大きく儲けることは考えていません。旅行や外食代程度になればいい。当面は事業を拡大せず、1人でできる範囲でやるつもりです」
儲け少ないが長く続けられるシニア世代の「ゆる起業」が急増 週刊ポスト2014年5月9・16日号)

「ベンチャー」、「起業」といえば夢多き若者の特権のよう見られるが、実際のところはそうでもないらしい。中小企業白書(2012年版)によれば、「起業」した男性のうち、もっとも多い年代は60~64歳なのだそうだ。

この記事の例では、かつて機器加工メーカーに勤め、出世街道をひた走っていた池田さん(67)という方が、57歳で早期退職して余生は海外、と余裕の老後を夢見ていた矢先に請われて国内にとどまり、ついには会社も設立してしまった、という例が紹介されている。技術力の高さと人脈の豊富さで、業績は順調に伸びているそうだ。

もうひとつの例。大手商社で海外企業を相手に化学品の貿易業務を担当していた福島さん(65)は、退職を機に大手が敬遠しがちな化学薬品の小規模取引というニッチビジネスに目をつけ、会社を設立。前勤務先や現役時代のクライアントが顧客になり、事業はスムーズに進行中という。

お二人の例は、自分の経験や知識を活かせる場をしっかりと見据え、決して無理はせず、身の丈にあったビジネスを展開している、いわば「ゆる起業」という点で共通項がある。

60代後半といえば、まさに日本の高度成長を支えてきた、いわゆる団塊の世代

そこには、会社のため、組織のため、家族を犠牲にし、自分の命と魂を削り、必死に尽くしてきた世代である。たしかにそんな彼らのがんばりのおかげで、今日の日本の経済成長があったのは間違いない。

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しかし一方で、猛烈社員、社畜などど揶揄されることも多かったのが、彼らの世代の悲しき生態でもあった。

そして定年を迎え、ふと自分の人生を振り返ってみる。そしてこう思う。確かに金銭的には豊かになった。でも家族はバラバラ、息子や娘とはしばらく口も聞いていない。テレビから毎日のニュースを見ても、日本人の心は荒んでいる。なんでこんなことになったのか、自分たちのがんばりは、一体なんだったのだか、と。

ふと思い立つと、定年を迎えたとはいえ、まだまだ元気だ。だからもう一花咲かせたいとも思う。でももう自分を失うような働き方は御免こうむりたい、そう思う中高年の方は多いのではないだろうか。

人生も後半戦になり、これからは本当にやりたかったこと、自分が心の底から楽しめる、情熱を燃やせる仕事、自分だけの世界を手に入れたい。そう思うのは、むしろ当然かもしれない。

たしかに若い頃に比べたら、体力はない、瞬発力もないかもしれない。しかし、そこはやはり年の功。蓄えてきた経験や知識、人脈はだてではない。しかもかつてのような、ことさらの成長や拡大はめざさない。決して無理をせず、マイペースで楽しみながら、ゆるりゆるりとビジネスができる。

そこには以前のように会社のためではなく、お客のため、自分のため、という猛烈時代の反省もうかがえる。辛苦の時代を乗り越え、ようやく自分らしい人生を歩み始めることができるのが、60代後半からの「ゆる起業」なのだろう。